少年の夢

〜手合わせ〜


“誰でもない”の後を継ぎたい人 様・作






 深き森に包まれた館、そこに一人の少年が居た。朝日さし込む部屋の中で穏やかな寝息をたてている。
 「ご主人様、朝になりました。起きてください」
 そう言って両開きの扉を開け、十代前半ぐらいの少女が部屋に入ってきた。しかし、その頭には犬か猫のような耳が付いている。少年はその声で眼が覚めたのか大きく伸びをして少女に返事をした。
 「ありがとう、ミリー」
 その言葉にミリーと呼ばれた少女は嬉しそうに頬を赤らめた。
 「あ、あの・・・・・・ご主人様」
 「なんだい、ミリー」
 「あ、あの、・・・やっぱりいいです」
 「うん分かった」
 そう言うと少年はベットから降りて着替えを始めた。少女もそれを手伝う。
 「ねえミリー、僕またあの夢を見たよ」
 そう言われると、少女は悲しそうな目をした。
 「僕はまだこのままなのかな」
 「いつか、あなたの望みはかないます」
 そうだといいけどね。と少年の声はそっけない。
 「少し出て行くよ、この望みをかなえる為に」
 「ご無事でのお帰りをお待ちしています。ご主人様」
 そして、少年はその場から消えた。残っているのは少女と部屋の家具だけだった。






 夕焼けに染まる通学路、そこに二つの人影がある。一人はメガネをかけたおしとやかそうな少女だ。彼女は、隣に居る綺麗な笑顔の少女と話しているように見える。が、隣に居るのはれっきとした少年だ。しかしそれと言われないと少女に見えるほどその笑顔は華麗である。
「彩乃先輩、やっぱり行くんですか?」
 その言葉に彩乃と呼ばれた少女はおしとやかな笑顔を見せた。
「知巳くんはやっぱり嫌?」
「一応あんなのでも妹ですし、それに・・・・・・」
「それに?」
「なんだか、彩乃先輩を取られそうで」
その言葉に彼女は楽しそうに微笑む。その動作一つ笑顔一つとってもどこかの皇女を思わせる落ち着きと美しさをかね備えている。
その動作に見惚れながらも知巳は続けて言う。
「あまり笑わないで下さいよ、本当に在り得るんですから。奈々だって朱美と付き合ってたんですから」
「ごめんね、だってそんな事あるわけ無いのに本気で心配してくれているからおかしくって」
 そう言われてもどこか釈然としない物が残るのか、まだ何か言いたそうな知巳の口を彩乃が口で塞いだ。その唇の感触にさっきまで考えていた事がいつものように溶けていく。そのまま二人はお互いの体を抱きしめあっていた。
 どれだけそのままで居ただろうか、さすがに息苦しくなったのか彩乃のほうから口を離した。その頬はほんのりと上気している。
「さ、行きましょ。あまり待たせたら二人に悪いでしょ」
 そう言いながら彩乃は十字路を先に歩き始めていた。知巳も慌ててその後に大人しく付いていこうとした時、
「!」
 十字路の右側、そこにある空き地から殺気が出ている。このまま過ぎていっても別に問題は無い。無いのだが、知巳はそちらに一人で行った方がいいと判断していた。こちらがその殺気に気付いた時間違いなくこちらにも殺気が向いていたのだ。すぐに逸れたとはいえ、もし、こちらに来たら彩乃を巻き込んでしまうかもしれない。
「どうかしたの?」
 知巳の様子に気付いたのか彩乃が少し不安そうに訊ねてくる。
「少し先に行っててください、すぐに追いかけますから」
 そう言って返事も聞かずに駆け出していた。
 彩乃は少し考えそしてすぐに駆け出していった。







 駆け出しておいて、付いて来てないかを確認する為振り向いている。どうやらこの辺りを離れたらしく彩乃先輩はいない。
「よし」
 これで何があっても大丈夫認できた。と、空き地についた。何が飛んで来ても大丈夫なよう姿勢をかがめて攻撃態勢をとった。
 だが、目の前にあった光景は思わず態勢を崩すほど衝撃的であった。
 目の前に積み重ねられているのはここの辺りを中心に活動している暴走族のグループの人間だった、どれも肩や腕や足がありえない方向に曲がり気絶している。が、致命傷を受けている様子は無い。
 五人、十人が伸びているだけであるならば驚かない自信はある。だがこれは少なくみても五十人はいる。
 それなくそこに唯一立っている人物も問題である。どこからどうみても十歳ぐらいの少年でありその着ている服に傷は無い。ここにこの少年が居るということはこの少年がこれだけの人間を殺すことなく、傷つく事も無く戦ったということか。
 (さすがにそんなわけは無いよな・・・・・・)
 さすがの自分でもこれだけの人間を相手に闘えば勝てるには勝てるだろうが少しは傷を作っているだろう。その考えから目の前に居る少年は偶然ここに来た、もしくはここで戦いを見た、どちらかの理由でショックを受けて動けなくなったのだろうと考えて声をかける事にした。
「君、大丈夫?歩ける?家まで送ろうか?」
 そう聞くと少年は無邪気な笑顔で答えた。
「大丈夫です、ご心配なく。これくらいで怪我をするほど弱くいの」
 (弱くは無い・・・・・・ってことはこれをあの子が)
 さすがに動揺を隠しきれないでいると少年のほうが言葉を続けた。
「別にこの方々を傷つけようと思ってした訳ではないですよ。ただ、この場所を借りたいと思っていたのですがここにこの方々がいて、交渉をしようとしたのですが殴りかかってきましたのでしかたなく手加減をして相手になっただけですから」
 手加減という言葉にさらに驚いた。この少年はこれだけの人間を相手に手加減して戦っていたのだ。
 (でもなんでこの場所を借りたかったんだ?)
 ふと心で思っただけの疑問だったが、次の言葉でそれを理解した。
「あなたと戦いたいのです。手合わせお願いできますか?」
 “自分と戦いたい”ただ戦いたいからという理由で戦いを挑まれたのは初めてであった。
 だが、その言葉を聞いたとき、体は目の前の少年を攻撃する為に既に身構えていた。人差し指と中指を鉤状に曲げている葛城流柔拳術特有の変則的な構えだ。
「ありがとうございます。では、こちらも」
 相手も態勢を整えた。背を丸め両手を垂れ下げた構えは疲れているだけのようにも見える。
 (だが・・・・・・)気を付けておかなければならないと気を引き締める。これだけの人数を一人で気絶たの、どれだけ強いのか計り知れない物がある。
「ここでは少し戦いにくいですね。もう少しこちら側で戦いますか」
 と彼はそのままの態勢で後ろに下がっていった。それを追うように少しずつ間合いを詰めていった。そしてこちらの間合いに入った時、一気に差を詰めた。そして、顔を狙った一撃を出す。鉤状に曲げていた指を一気に伸ばし相手のこめかみを狙う葛城流“中割ちゅうかつ”避ける暇もないはずであった。
「我流“神行しんこう”」
その言葉を聞くとほぼ同時に少年の姿が消えた。
(ば、ばかな!) 急いで辺りを見渡す、その少年は背後にいた。(早すぎる!) 攻撃を繰り出してからのわずかな間、その隙に彼は後ろに回りこんでいたのだ。
「こちらもいきますね」と今度は眼の前にまで近づいてきた。
「くっ」とっさに相手の顔をめがけて拳を突き出す。だがそれより先に相手の拳がこちらの拳をはじいていた。
(やられる!) 彼が蹴りを放ってきた。その蹴りをきわどい所で足で受け、膝で威力を吸収しその勢いで大きく後方に跳んだ。葛城流の防御術“波頭”という技だ。
 だが、その後方に跳んだ分の距離を彼は一瞬で詰めてきた。
(早い!だが)詰めてきたことにより出来た隙を逃さず相手の襟首を掴み一気に地面に叩きつける。葛城流“鎌雷かまかづち”。これならさすがにダメージを与えただろうと距離を取って一息つこうとした。
「あぶなかったですけどまだ甘いですね」
 その言葉にそちらを向くとその少年は平気で立っていた。
「さすがに傷は負いましたがこの程度ではまだ動けますね」
 と言って近くにあった石を拾う。
「とりあえず、少し距離をあけて戦わさせていただきますね」
 そしてモーションなしでそれを投げてきた。が、その速さは見切れないほどではない。
(ならば)逆に間合いを詰めようと投げられた石の横を走り抜ける。だがそこに少年の姿は無い。また後ろに回られたかと振り向く。しかし、そこにも少年の姿は無い。
(どこに行った!くそ!)完全に相手を見失った事に対して苛立ち続けながらも必死に辺りを探そうとする。
しかし、予想外の所から攻撃が来た。
「我流“飛竜”」「!」下から顎目指して放たれた掌底を攻撃のベクトルの方向に合わせて身を引くことにより勢いを殺し、後ろに跳んだ。しかし、完全に殺しきれたわけではなく軽く体がふらつく。
「僕の体格を考えていないと思いましてね、少し利用させていただきました」
「くっ・・・・・・」言われて初めてなぜ見失ったのかを理解した。彼はただ低く屈む事により目線の下に隠れたのだ。普段ならば見失う事は無かっただろう。だが、戦闘中では一時的とはいえ視界が狭くなる。そこを狙われたのは初めてのことだった。
「もうそろそろ終わりにします。すいません・・・・・・」
そういうとまた構えてきた。
「我流“神行”“双槍そうそう”」
 一瞬で距離を詰めると同時に繰り出される両手の掌底(かわしきれない!) 両肩にくるであろう衝撃をできるだけ殺そうと後ろに倒れる。だが、その時少年の体が横から来た何かによって吹き飛ぶ。
(なにがあった・・・?) そう思うと、
「兄貴―っ!無事か」
聞きなれた声が少年を吹き飛ばしたのが誰かを理解させた。
「朱美!お前先に行ってたんじゃないのか!」
「彩乃先輩が『知巳くんが大変みたいなの!私じゃ邪魔になるからたすけてあげて』って言ってきたんだよ。大丈夫か?」
「危ない所だった、助かったありがとな」
 心から助かったと思っていたのでついそんな言葉が口からすべる。
「そんな事言うならさっさと逃げればよかっただろうが」
「逃げれたら逃げているに決まっているだろうが」
「逃げれませんかね」
「あの状態で逃げ出したら追撃を間違いなくかわしきれないからな」
「そうですか」
「そんなに早かったんだ・・・・・・って、何横で聞いているんだ貴様は」
 いつの間にか横で話を聞いていた少年に朱美は足払いをかける。しかし少年はそれを跳んでかわす。
「朱美さん、でしたっけ。あなたも戦ってみますか?」
「止めとく。兄貴が敵わないのに自分一人で戦うほど無謀じゃないから」
 四ヵ月ぐらい前から両腕の治療のために家に帰ってきている父修三が何故言ったのか解らないような言葉を思い出した。
『いいか、葛城流柔拳術は生き延びる為の武術だ。わかるか?負けでも生き延びていればそれでいいってことだ。なにかやばい事があったらすぐに逃げるぐらいの事はしろよ・・・・・・・・・・・・あいつと同じじゃ楽しくないしな』
 最後の方は聞こえないように言ったつもりだったのだろう。そしてこの話をした後辺りから今まで以上にさまざまな技を覚えさせられるようになった。
「ではお二人でならどうですか?」
「それなら少しは付き合ってもいいけど・・・・・・兄貴、兄貴はそれでいいか」
「別に構わないが」
「じゃあ決定。てことで」
一瞬で彼の腕を掴み、体を寄せ、膝蹴りを腹に決める。相手の状況を確認せず、その流れのまま足を払った。さらに自らの重みを入れた肘うちを腹に入れようとする。
「我流“飛掌ひしょう”」
少年の拳が地面に繰り出される。その反動で少年の体が宙に浮く。朱美の体もそのまま浮く。ゆうに彼等二人の身長を足した分を超えるほどの高さだ。
「“落蹴”」
 その状態から少年の蹴りが朱美の腹に決まる。
「がっ・・・」
朱美の体がそのまま地面に叩きつけられそうになる。しかしその前に知巳がその体を受け止める。
「大丈夫か」
「大丈夫・・・っく・・・手加減・・・されたみたい」
 確かに戦えないほどの傷でもない。少年はゆっくりと降りてきた。
「大丈夫ですか、ちょっと強くしてしまいましたけど。」
 彼の声は朱美の蹴りをまともに受けたとは思えないほど変わらない。
「まだいける」
「やめておく」
知巳の反応に朱美は驚いたようだが特に反論はしない。
「限界が来る前に止めておく。正しい事ですね。では、帰らしていただきます」
「待て」
知巳が少年を呼び止める。
「名前、まだ聞いてないぞ」
「色々な名前を持ってますから・・・どれを言えばいいかわかりませんね」
 少年は何か含むことが有るような複雑な表情を浮かべる。
「覚えやすい名前を教えてくれ」
「じゃあ・・・『ダビデ』でいいですかね。どこかの宗教の聖書とやらに載っていた人物の名を借りただけですけど」
「ああ、わかった」
「それでは・・・・・・また逢える日がありますように」
 そう言うと彼は、少し宙に跳んだ。そしてその場から忽然と消えた。あまりに突然消えたので二人とも唖然としてそちらをみつめていた。
「兄貴・・・・・・消えたよね・・・・・・あいつ」
「あ、ああ・・・・・・」
まだ呆然としていると後ろの方から声が聞こえてきた。
「知巳くん、朱美さん、大丈夫?」
「二人とも〜大丈夫」
 彩乃と奈々の二人だ。やはり心配になってこちらに来たらしい。
「大丈夫です」
とりあえず安心させる為に返事をする。
「大丈夫みたいね、早くあそこに行って手当てしとかないと」
「そうですね」
 そんなことを言いながら何処か心は別の所を向いていた ――また逢える日がありますように―― 今度は負けないと固く心に誓った。





「ただいま、ミリー」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 深き森に包まれた館。そこに少年と少女が住んでいる。
「どうでしたか?」
「なかなかよかったよ。後少しで追いつけるだけの資質は持っていたしね」
「そうですか」
 その館には常に一人の少年が住んでいる。そして、たまに少女が共に住んでいる。
「それはよかったですね」
「ああ、でもこの“罪人の体”を消し去れるほどでは無かったよ」
「それだけの力を人に求めるのは酷だと思いますけど」
少年は体を燃やされても、頭を潰されても、心臓を潰されても、体が塵になっても生き続けた。
「この体が消し去れるのであれば、どのような方でも構わないのだが・・・」
「いつかは現れますよ、・・・・・・もう一万年は待っているじゃないですか」
「だといいけどね」
少年は生を牢獄と感じ、消し去れる者を探す事にした。
これはそんな少年の出会いの物語。



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